「鯉は何も龍になる必要はない。鯉は鯉で何不足」  [東 信弘]


禅語にこんな言葉があります

「三月桃花の節句に、禹門(うもん)三級の波を鯉が飛び越えて龍になる」

これは 毎年三月 桃の花が咲く季節になると、多くの鯉が黄河を泳ぎきり
上流にある禹門という龍門の滝を登ることで、その滝は 三段の水流になっ
ており 大部分の鯉はここで脱落しますが、無事滝を登りきった鯉は頭に角
を生じて龍となり、天に昇っていくという言い伝えを言葉にしたものです。

これは 禅僧達が一心に修行して 悟りを開くことにたとえられています
ですから、龍は禅門に於いて 悟りの象徴として大切にされています。

一方 こんなことを言う 古人がいます

      
「鯉は何も龍になる必要はない。鯉は鯉で何不足」

といっておられます。

世間には、一生懸命勉強して、努力をして、社会的に高い地位に立つような
成功者を志す人がいます。 志がいつも高い人ですね
そうした人は、大衆から見て近寄りがたく、接しがたい雲の上の人のような感
じです。
それよりも、大衆の中にあって 勉強してきたことや経験してきたことを、人々
のために活かしたほうが生きがいがある こんな教えです

悟りを得て、悟りすました人間でいるよりも、凡人のままで、凡人とともに泣き
笑いして生きたほうが楽しいのではないかということでしょう。

私の知り合いに 鯉という名のつく人がおりますが、彼が三段の滝を登りきって、
角を生やした 「龍」 となっていただきたい という願望の反面、鯉は必ずしも
 「龍」 になる必要はなく、自分の役割を精一杯果たして生きていって欲しい
この二つを 屑屑と思うのである

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【筆者プロフィール】

(有)イーストホーム 代表取締役 東 信弘

京都産業大学を卒業後公認会計士事務所で税務会計
商業登記・社会保険業務などを従事、その後バブル期に
建設会社に入社し団地造成等の開発、用地取得、建築
等行い 平成3年起業
みんなが私のことを、うさんくさい、うさんくさいといわれる
ものですから、うさんくさい不動産屋の東(ひがし)
こんなキャラクターになってしまいました。
当社HPでうさんくさいかどうか確認してください。
多分 うさんくさいです

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